WATANABE KATSUMI

2016年03月10日

東京国立近代美術館 美術館の春まつり

東京国立近代美術館 MOMATコレクション
特集:春らんまんの日本画まつり

スペース/3 F No.9 渡辺克巳 “流しの写真屋” が見た新宿
期  間/2016.03.08 - 05.15

東京国立近代美術館に2014年に収蔵された渡辺克巳の写真が展示されています。

9室  渡辺克巳 「流しの写真屋」 の見た新宿

渡辺克巳《ゲイボーイ、新宿》1967年

 渡辺克巳は、1960年代後半から70年代初頭の新宿で、「流しの写真屋」を生業としていました。夜の盛り場をまわってポートレイトを撮影し、翌日焼き付けた写真を届けて代金をもらう仕事です。

現在の新宿駅は一日の乗降客300万人以上という、世界一の巨大ターミナルです。その発展の始まりは郊外と都心を結ぶ私鉄が乗り入れ始めた大正期にさかのぼり、戦後の闇市を経て、駅周辺は百貨店や飲食店、映画館などが集積する日本最大の繁華街・歓楽街へと成長していきます。60年代に出現したジャズ喫茶やアングラ演劇などは、とりわけ若者たちを新宿へと引き寄せました。渡辺の写真には、そうした時代の新宿の熱気と陰影が捉えられています。

「新宿は巨大なマーケットであり、業種も変化に富んでいて、なぜだか、どんな格好をして歩いていても新宿の風景になじんでしまう。ゴミでさえ、ちゃんと居場所を主張していた。」のちにこう記した渡辺は、安価なカメラの普及により「流しの写真屋」を廃業した後も、この新宿という独特のエネルギーに満ちた空間を、生涯撮影し続けました。

東京国立近代美術館の案内より抜粋





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2015年08月29日

東京国立近代美術館 MOMATコレクション ‘誰がためにたたかう?’

東京国立近代美術館 MOMATコレクション
特集:誰がためにたたかう?

スペース/3 F No.8 男と女のあいだには
期  間/2015.05.26 - 09.13

東京国立近代美術館に一昨年度収蔵された渡辺克巳の写真が展示されています。

 「男と女のあいだには」という言葉は、二通りの意味に解釈することができます。一つは、男女は互いに惹かれながら完全にわかり合うことはない、両性のあいだには深い溝が横たわっている、という意味。この言葉の出どころである「黒の舟歌」(1971年発売、作詞:野坂昭如)の歌詞、「男と女のあいだには、ふかくて暗い河がある。誰も渡れぬ河なれど、エンヤコラ今夜も舟を出す」は、まさにこの解釈に添うものです。この溝のため、異性への愛着は時に相手を傷つける衝動となり、時に草間彌生のように恐怖の源泉として心のうちに巣くうことになります。
 もう一つは、この世界には、男と女、というきっぱりとした区分のはざまに生きる人々がいる、という意味。1960年代の新宿で撮影された渡辺克巳の写真は、一見華やかな世界で「男と女のあいだに」生きる人々の孤独と矜持(きょうじ)を浮かび上がらせます。(東京国立近代美術館の案内より抜粋)

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2015年08月27日

Katsumi Watanabe “Shinjuku” Taka Ishii Gallery Photography Paris

Paris
Katsumi Watanabe “Shinjuku” 

2015.09.10 - 10.31  12:00 – 19:00
Closed on Sunday, Monday and National Holidays
Taka Ishii Gallery Photography Paris
19 rue Vieille du Temple 75003 Paris
tel: +33 (0)1 42 77 68 98  mail: contact@takaishiigalleryparis.com

Taka Ishii Gallery Photography Paris is pleased to present an exhibition of works by Katsumi Watanabe from September 10 to October 31, 2015. The exhibition will focus on his representative series “Shinjuku”.

La galerie Taka Ishii Photography Paris est heureuse de présenter une exposition de photographies de Katsumi Watanabe du 10 Septembre au 31 Octobre. L’exposition se compose de tirages issus de son emblématique série ≪ Shinjuku ≫.


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コピーライトマーク Watanabe Katsumi Photo Association



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2015年08月01日

渡辺克巳写真展 流しの写真屋時代 1965年〜1974年

渡辺克巳写真展 「新宿」
流しの写真屋時代 1965年〜1974年

会期:2015年8月8日(土)〜8月23日(日) (月曜日のみ展示は休み) 入場無料
時間:12:00〜16:00

トークイベント:2015年8月9日(日)14:00 「100万回のシャッターと渡辺克巳と新宿劇場」
出演:小泉悦子、宮崎和也、松本和子
会場: 福岡 おでん・鉄板焼き 満月堂店内
     福岡市中央区今泉2-3-26 2階 tel 092-732-3224

2015年8月8日(土)から8月23日(日)まで渡辺克巳写真展「新宿」--流しの写真屋時代 1965年〜1974年を開催いたします。本展では40年に渡って渡辺克巳が撮り続けた新宿の作品から「流しの写真屋時代」の約40点の作品を展示いたします。

渡辺克巳は、新宿で働く人々を撮り、翌日写真を届ける「流しの写真屋」として水 商売の女性やゲイボーイ、ヤクザなど、そこを行き交い、そこで商売をする様々な人々を写真に 収めてきました。新宿を舞台に生きる人々は自信を持って様々なポーズを取ってカメラの前に立っています。彼らは受取った写真を故郷に送ったり、自分の店に飾ったりと大切にしていたと渡辺は後に語っていました。

渡辺克巳のライフワークとなった新宿の初期作品群を、この機会に是非ご高覧ください。宜しくお願い申し上げます。

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【渡辺克巳プロフィール】
1941年岩手県盛岡市生まれ。65年、「流しの写真屋」となる。73年「カメラ毎日」に「新宿・歌舞伎町」を発表、カメラ毎日アルバム賞受賞。その後も新宿、海外で写真を撮り続ける。98年、写真集『新宿』により写真協会年度賞受賞。06年1月29日肺炎により死去(享年64歳)。没後、東京国立近代美術館、東京都写真美術館に作品が収蔵され、海外ではサンフランシスコ近代美術館、シカゴ美術館、ニューオリンズ美術館に収蔵されるなど、作品の評価も高い。

【展覧会歴】
1974年 個展「初覗夜大伏魔殿」東京荻窪 シミズ画廊
1974年 「15人の写真家」東京国立近代美術館
1999年 「TOKYO 60/70 17人の写真家」東京都写真美術館
2002年 個展「LIVE」東京新宿PLACE M
2006年  個展「KATSUMI WATANABE」Andrew Roth Gallery New york
2008年  個展「流しの写真屋 渡辺克巳 1965-2005」東京神宮前ワタリウム美術館
2011年 個展「1965 歌舞伎町-新宿二丁目」東京根津 汐花


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2015年04月12日

渡辺克巳参加展 AIPAD Photography Show

AIPAD Photography Show
2015.04.16 – 19
Park Avenue Armory (ニューヨーク)  ブース: 121(タカ・イシイギャラリー)

参加作家
渡辺克巳、荒木 経惟、細江 英公、グラシエラ・イトゥルビデ、森山 大道
奈良原 一高、高梨 豊、東松 照明、山元 彩香

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コピーライトマークWatanabe Katsumi Photo Association



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2015年04月11日

THE WEEK - Tokyo demimonde

THE WEEK
Tokyo demimonde

The Japanese street photographer Watanabe Katsumi probably never heard of Twitter, which debuted the year he died, in 2006. He probably never imagined that his portraits from the 1960s and 70s of the denizens of Kabukicho, the red-light district in Tokyo's Shinjuku neighborhood, would be floating around the digital ether long after his death. But a few weeks ago three Yakuza gangsters landed in my Twitter feed, swaggering and grinning like ghostly visitors from another world, and I went about searching for more of Watanabe's ghosts.

Kasutori culture
The heyday of what was known as kasutori culture − named after an eye-watering moonshine made from the dregs of sake − was as fleeting as it was revolutionary. But its essence lived on in Watanabe's Kabukicho, where the low life was the expression of a fallen kind of freedom.  <Ryu Spaeth>

THE WEEK



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2014年11月13日

渡辺克巳参加フェア 『PARIS PHOTO 2014』

渡辺克巳参加フェア
PARIS PHOTO 2014

会期: 2014年11月13日 – 16日
会場: グラン・パレ(パリ)
ブース詳細: D22 (タカ・イシイギャラリー)
詳細:parisphoto 

参加作家: 渡辺克巳、荒木経惟、 エド・ヴァン・デル・エルスケン、浜口タカシ、 細江英公、北島敬三、倉田精二、 森山大道、 レオ・ルビンファイン、塩谷定好、 田原桂一、 高梨豊、 東松照明

個展形式での作品展示作家: 畠山直哉(プレビュー)、 津田直(13日木曜日)、 武田陽介(14日金曜日)、 吉野英理香(15日土曜日)、 山元彩香(16日日曜日)

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(c) Watanabe Katsumi



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2014年08月20日

渡辺克巳写真展 タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム

渡辺克巳写真展
タカ・イシイギャラリー フォトグラフィー/フィルム

2014.08.23(土) - 09.13(土)
11:00〜19:00  休:日・祭・月


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2014年07月19日

あしたのジョー、の時代展

渡辺克巳参加展
『あしたのジョー、の時代展』

東京都練馬区立美術館
2014.07.20〜09.21

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コピーライトマークちばてつや 『週刊少年マガジン』1971年4月18日号表紙絵原画

サンドバックに浮かんで消える 憎いあんちくしょうの顔めがけ
たたけ! たたけ! たたけ! 俺らにゃけものの血がさわぐ
だけど ルルルル‥‥
あしたはきっとなにかある あしたはどっちだ

親のある奴はくにへ帰れ 俺とくる奴は狼だ
吠えろ! 吠えろ! 吠えろ! 俺らにゃ荒野がほしいんだ
だけど ルルルル‥‥
あしたはきっとなにかある あしたはどっちだ

少年院の夕焼空が 燃えているんだぎらぎらと
やるぞ! やるぞ! やるぞ! 俺らにゃ闘う意地がある
だけど ルルルル‥‥
あしたはきっとなにかある あしたはどっちだ

作詞:寺山修司 作曲:八木正生 唄:尾藤イサオ

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〈力石徹 葬儀祭壇〉  喪主:寺山修司




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2014年03月01日

一般社団法人設立・公立美術館収蔵のご報告

一般社団法人 渡辺克巳写真社団 設立

平成25年12月吉日「一般社団法人 渡辺克巳写真社団」を設立いたしました。

現在、物故写真作家の作品保存は、オリジナル・プリントの確保、フィルムの加水分解防止、記録媒体のアナログからデジタルへの急激な変容など、多岐にわたり問題が山積しています。また、この物理的作業を行う当事者が多くの場合ご遺族ということもあり、やはりそれぞれに、保存等のスペースの確保や、当事者自身の高齢化などの問題に直面しております。このような現状をみると、個人の力のみでは長期に亘る保存の継続は困難だと考え、一般社団法人という組織をもって、渡辺克巳の残した写真を50年、100年のスパンでアーカイブしていこうという結論にいたりました。
申し上げたとおり、写真の保存は問題山積で過渡期にあり、当法人も試行錯誤の連続になると思いますが、鋭意努力していく所存でございます。

今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。



東京都写真美術館/東京国立近代美術館 収蔵

この度、渡辺克巳の写真作品が、東京都写真美術館及び東京国立近代美術館に収蔵されました。

公的美術館の収蔵により、「自分の写真をじっくり見てほしい」と生前渡辺が望んでいた、場の選択幅が広がり、多くの方々の目に触れるようになりました。

収蔵にあたって、ご協力いただいた各関係者の方々に深く感謝を申し上げ、ご報告とさせていただきます。

                                      理事 角田光隆



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2014年01月20日

中野孝次と渡辺克巳

「渡辺克巳−最底辺から新宿の顔を撮りつづけた男」
中野孝次著「人生を闘う顔」(1982 新潮社)より

中野孝次が写真家渡辺克巳としての人物像を描いています。
ここには、同じく中野孝次著「西行の花−中世紀行」(淡交社)の同行カメラマンだった渡辺と酒を酌み交わしながらの、忌憚ない会話が綴られています。
興味深いのは、中野が渡辺にインド行きを勧めていることです。
日本人の尾骶骨を撮りたいと、新宿の定着しえない人々を撮り続け、そこからの一点突破を試みた渡辺に対して、中野孝次は洋の東西を問わぬ、尾骶骨の普遍性を渡辺に問いかけます。
中野孝次がインド行きを勧めた意図は、「ブリューゲルへの旅」(文藝春秋)/ 「道元断章」(岩波書店)の中にも窺えます。

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2013年10月22日

渡辺克巳 写真展V 「HAPPY STUDIO!」

渡辺克巳 写真展V
「HAPPY STUDIO!」
2013.09.25(wed) - 10.20(sun)
同時開催:原芳市「ストリッパー図鑑」
リンク:IMA ONLINE

渡辺克巳は一時期、東中野で写真館を経営していました。
表向きの名称は中山スタジオでしたが、渡辺はそこを「ハッピースタジオ」と呼んでいました。
今回の写真展は、その「ハッピースタジオ」をタイトルに、陰あり、日向あり、それぞれのHAPPYをおとどけします。

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1980 Gelatin silver print
Akemi Edo JAGATARA/shinjuku modern art

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(c) Katsumi Watanabe


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 zine 「HAPPY STUDIO!」

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SEC Bricolage | やや甘口
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BRUT Bricolage | 辛め
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高架下のマットレスと婦人傘の出会いのように美しく
 拾ってきたものを頭の上に飾り、街中を歩いている宮間英次郎という男がいる。彼はリュシエンヌ・ペリーから、アール・ブリュットのパフォーマーとしてお墨付きをいただいている。拾いものを寄せ集めたゴチャゴチャ感いっぱいの被り物は、アール・ブリュットの定義にもれず、世間一般の価値観から大きく逸脱し、ゴミのごとく不要だ。しかし、世間に不要であればあるほど、逆に宮間単体にとっては完成度の高いブリコラージュだといえる。常識人からみれば単なるゴミだが、彼にとっては人生を楽しませてくれる唯一無二のものだ。
 路上で生きた渡辺克巳は、新宿のトルコ嬢・ヌードスタジオ嬢・オカマ・ヤクザ・ホステス・浮浪者を、ゴミがあろうと傾きかけた看板があろうと、場末の背景はそのままに撮っていた。お客さんに、「何だおまえ、こんなきったない所をバックにして撮って」と云われても、「いやいや、これは絶対いい。後でいい思い出になりますよ」 「あんたは<ここ>に立ってたんですよ」と云って撮っていた。つまり、渡辺はその場をまるごと抱え込みながら、人物にカメラを向けていた。ここで重要なのは、人物のみにフォーカスしていないという点だ。渡辺の写真はフラッシュを焚いて背景を消しているイメージが強いが、よく見ると映り込んだ周りのゴミは、被写体・渡辺克巳と共に同化し、フレームに収まっている。
 ここに渡辺の撮った二組4枚の写真がある。それぞれの組の上の写真を見ると、高架下に棲む者の生活道具が散乱しすぎていて、ゴミのようにしか見えない。コンクリート柱に立て掛けられた婦人ものの傘、敷物の周りに横倒しになったレストランの業務用ワインボトルや洋酒らしき空き瓶など、殆どが捨てられたものを拾ってきたのであろう。一言でいうと、汚らしい。しかしそれぞれの下の写真に目を移すと、地面から湧き出たように立ち上がった人物は、至福の表情をしている。被写体にドラァグクイーンと浮浪者の違いはあるが、自分のお気に入りを寄せ集め、高架下の散乱したものと同化したような仮装のゴチャゴチャ感は共通だ。この二人の人物は、一見ゴチャゴチャにみえる仮装を着こなし、からだ全体から、ひと時の幸せパワーをスパークさせている。写真が伝えるのは、そこに写り込んだ全てのものとの間に、パワーをさえぎる要らぬ結界がないということだ。
 その場をまるごと抱え込むことは、まるごと引き受けることであり、それを引き受ける渡辺にしてみたらちょっとキツイ話だ。しかし、彼は引き受けた。トルコ嬢・ヌードスタジオ嬢・オカマ・ヤクザ・ホステス・浮浪者やゴミを、善悪・美醜を超えて引き受けた。渡辺とゲイの<許容と同化>、渡辺と浮浪者の<許容と同化>、これくらいまでは理解できるが、渡辺とゴミの<許容と同化>、これはちょっと理解に苦しむ。が、事実、渡辺の写真はその<許容と同化>を我々に伝える。お行儀の良い常識人の価値観を持つ我々は、従来の道徳観や美醜の基準を一度シャッフルし、原初的なエネルギーから湧きたつ無頼に立ち返ることも時には必要なのかもしれない。



渡辺克巳、36才、写真館時代のインタヴュー記事(写真通信1977年)

質問 好きな写真家は誰ですか?
渡辺 アーバスさんですね。この人、どんな風にしてこんな所に入り込んだのかと思って、スゲー人だなって思った。<中略> 理詰めでいくとね、絶対あれは写真撮っちゃいけなくなっちゃう。アーバスみたいに死ななければならなくなる。でも、僕は死ぬことはないと思う。そこは東洋と西洋の違いみたいですね。

質問 今いちばん関心あることって何ですか?
渡辺 虚空人間みたいなの。関心があるっていうか、撮りたい。たとえば、飯食うだけで生きてるとか。カメラやってて手が撮っちゃうというのは、そういうところだと思うわけ。飯食ったりするのと同じようになりたいじゃない。
それから日本人を撮りたい。日本人の尾骶骨みたいなの。

質問 最後に、写真をひとことでいうと。
渡辺 人生そのもの。        <全文表示 pdf>



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新宿に死んだ無頼のブリコルール
 世の中には「ゴミ」と呼ばれる人たちがいる。ゴミはすでにその役目を終えたもの、いわゆる「用なし」だ。この一枚の白黒写真にある女は「ユリちゃん」と呼ばれ、新宿で働いていた娘だ。ユリちゃんは「ヒモ」と呼ばれる男に撲殺された。殴り殺したヒモもゴミのように殺されたユリちゃんも、表社会には用なしだ。その用なしな人たちを撮り続けた写真屋がいた。写真屋は裏の新宿を流しながら、路上に棄てられ靴底で踏みにじられた吸殻や、どこからともなく漏れ出てくるタンツバ小水混じりの汚水とともに「用なしな人々」を撮っていた。その路上に打ち棄てられた用なしなものたち、誰が吸ったか分らないタバコの吸殻や誰がたれ流したか分らない汚水は、写真屋の写真の中では不思議に、それぞれ絶妙な間合いをもち、用なしな人々を優しい陰影で包みこんでいる。
 太古に湿地帯からウジのように湧いてきた異形なものたちは、21世紀の今もやはりウジはウジのまま。そのウジの屍が何層にも重なりひそむ裏を、アッケラカンとした表の人間が、笑いながら踏みにじりながら徒党を組んで闊歩している。裏も表もウジも湿地帯から湧きでたシダや爬虫類が遠い先祖だということを忘れたかのように。ウジが育ってハエとなり、そのハエが裏のゴミにも、表の笑い顔にも容赦なくたかってくる。しかし、オモテにとっては、ウジもゴミも残飯も汚水も、所詮遺棄され排泄されたものからの用なしな派生ぶつ。
 その遺棄されて用なしになったものたちを、一つ一つ丁寧に愛おしそうに掬い上げ、手のひらからこぼれ落ちないよう白黒の写真にのせた写真屋。タンや吸殻やウジや小便は、太古の昔から用なしな人々のまわりにアメーバのように姿かたちを変えながら優しく包み込むことを知りえていたかのように。その姿は忌み嫌われる異形であればあるほど崇高な美をもった一枚の画となり、誰に見られることもなく静かに佇む。著名な人類学者が秘境の地でようやく見つけた我々のルーツのようなそれを、いともたやすく写真屋は新宿の上に露出させてしまった。しかし、写真屋の行動は確信犯だったのかそうではないのか、今は知るよしもない。



 

 
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2013年05月01日

渡辺克巳参加写真展 日本写真の1968

日本写真の1968
東京都写真美術館 2階展示室
2013.05.11(sat) 〜 07.15(mon)

二年前、弊廊で開催した渡辺克巳「1982 印度」のトークイベントのゲストにお呼びした、金子隆一氏(東京都写真美術館専門調査員)の企画による展覧会です。
1960年代後半は、戦争、革命、暗殺など、世界中のあらゆる領域でこれまでの枠組みに対して根源的な問いかけと異議申し立てが行われました。写真においても、近代的写真が構築した「写真」の独自性とそれを正当化する「写真史」への問いかけが始まりました。
特に1968年は、「写真100年−日本人による写真表現の歴史展」、『カメラ毎日』での「コンポラ写真」の特集、『プロヴォーク−思想のための挑発的資料』の創刊、そして沸騰する学生運動は大学から路上へ、さらに農村へと展開し、闘争の側から撮影した写真群が巷に叛乱してゆくなど、今日の「写真」の社会的な枠組みを考える上で重要な出来事が集中して現れました。
本展では、「1968年」を中心にして、1966〜74年の間で、日本で「写真」という枠組みがどのように変容し、世界を変容させていったかをたどり、「写真とは」「日本とは」「近代とは」をさぐります。(リーフレット抜粋)



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2012年11月01日

渡辺克巳 参加アートフェア「Paris Photo 2012」

Paris Photo 2012
2012/11/15 - 18
Grand Palais Paris Photo 詳細 【Taka Ishii Gallery ブース B39】
「パリフォト 2012」へ、渡辺克巳のオリジナルプリントが出展されました。

出展アーティスト
渡辺克巳、東松照明、奈良原一高、荒木経惟、森山大道、鈴木清、倉田精二、田原桂一
Artists
Katsumi Watanabe , Nobuyoshi Araki , Seiji Kurata, Daido Moriyama, Ikko Narahara, Kiyoshi Suzuki, Keiichi Tahara, Shomei Tomatsu                               
Oh Shinjuku - Japanese photographers focusing on the red light and present-day bar district of Shinjuku, Tokyo. A primary source of inspiration for photography within Japan for the past 50 years, Shinjuku appears in an appropriately varied light.

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コピーライトマークWatanabe Katsumi



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2011年11月02日

渡辺克巳 写真展U「1982 印度」

  U
1 9 8 2    度」  直土ヒタツチ胎内
2011/09/23 - 10/30

10月15日(土)はトークイベントのため、ギャラリーは17:45に閉廊させていただきます。
art-Link 上野−谷中 2011」  / 芸工展 2011<参加企画展>

直皮膚(
はだ)に吸い込まれる 大気  
滔々と沁み染まる 命の泥土
足裏から脳天へ迸る 聖なる濁水

「タイムトンネルくぐって本当に中世に出たみたいな。カルカッタから離れるにしたがって段々中世的なものがそのまま出てくるんですよ」(渡辺)

中世の世界がそのまま眼前に混在するインドの日常を、流しの写真屋渡辺克巳が新宿と同じ目線で捉えた、ストレートで極めてオーソドックスなモノクロ写真に写りこんだものは‥
「空気は空気としてちゃんとあるのか 太陽は太陽としてちゃんとあるのか 木は木としてちゃんとあるのか」(渡辺)
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print渡辺克巳「1982 印度」

1960
年代〜70年中頃まで流しの写真屋として、新宿のトルコ嬢・ヌードスタジオ嬢・オカマ・ヤクザ・ホステス・浮浪者を、路上のゴミがあろうと傾きかけた看板があろうと、場末の背景はそのままに撮っていた渡辺克巳は、お客さんに「何だおまえ、こんなきったない所をバックにして撮って」と云われても、「いやいや、これは絶対いい。後でいい思い出になりますよ」 「あんたは<ここ>に立ってたんですよ」と云って撮っていました。

インドでも新宿と同じように「あんたはここに立ってたんですよ」と云いながら撮っていたかのような、今回の初公開となるオリジナルプリント80点は、路上に捨てられた残飯や泥水上での寝食、草を食む聖牛、物乞いをする賎民、悠として立つ大木などが混在する、その混在そのものをインドの日常として切りとった、ストレートで極めてオーソドックスなモノクロ写真となっており、渡辺克巳が混然としたままの<ここ>を印画紙に封じ込めば封じ込めるほど、はかり知れない大きなインドに呑み込まれたような、圧倒的な実在感をもってこちら側へ迫ってきます。

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「ベナレスで見ていると上の方で洗濯しているのね、その水が流れてくるじゃない、それに浄水槽から泥水みたいのがドロドロと出て来る、その下の方で御神水として飲んでいるわけ。分かんないねあれは。病気の人も一緒に入るんだよね。上から死体が流れてきたりね、死んだ人も河っ淵で荼毘にふすわけですね、だからあそこにいて見あきないね。全部あるわけですよ。
輪廻なんていっているのがさ、目の前で全部見えちゃうわけですよ。
インドへ行くと神様が、それはいわゆる偶像とかなんかじゃなくて、まず空気は空気としてちゃんとあるのか、太陽は太陽としてちゃんとあるのか、木は木としてちゃんとあるのか、それがちゃんと見える。それはやはり神々という感じがするのね。日差しがもの凄く強いと、でっかい木があって日陰をちゃんと作ってくれる。
すると、その日陰そのものが神様みたいに見えてくる。
暑い時に日陰に入ると涼しい風がスッときて、そこで賤民みたいな人たちが涼んでいるとね、人知じゃなくて、大きな何かに助けられて生きているみたいなところがあって、そういうのが神様じゃないかと思う実感があるのね。

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日本で泣くような事があってもインドを見てしまえば、なんだ泣く事ないじゃないかという気がするわけですよ。
それはなんていうんだろうね。幅が広いんですね。新宿しか知らなければ、大変な所だなと思って見ていたんですが、インドへ行ったら百倍の人間の幅がある。それが自然の一つとして調和して生きているんですね」

「新宿、インド、新宿」ポット出版より (初出 1985 「流行写真」三和出版)

 
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トークイベントのご案内    終了しました      
1015日(土)、「渡辺克巳 1982 印度」のトークイベントが開催されます。           

金子隆一氏(東京都写真美術館増田玲氏(東京国立近代美術館)というお二人のセッションは今回初めてとなります。           
渡辺克巳は「流しの写真屋」として「新宿のワタナベ」のイメージが定着していますが、場をインドへと移してもその目線は新宿に在ったそれと、一切ぶれることはありませんでした。           
生前の若い頃の渡辺克巳をよく知る金子氏と、渡辺克巳の写真に興味を持つ増田氏による対談は、新宿・インド、そして時をも越えて人々に切実な思いを伝える魅了してやまない「渡辺克巳の写真」に迫ります。           
写真をやっている方、これからやろうと思っている方、もう既に充分に写真作家として成しえている方、たまには初心に戻りたい方、『銀塩』という言葉を聞くと居てもたってもいられなくなる方、などなど年齢、性別、国籍全て問いません。  
生前、渡辺克巳は「写真は手にとって見るのが一番いい」と語っていました。
今回、オリジナルプリント(インド/新宿 31.7×26cm)を会場で手にとって見ていただきながらのトークイベントとさせて頂きます。
どうぞ、こぞってご参加下さい!
(注:1015日は1745に閉廊いたします)
日時・MAP・詳細
 

<トークイベント参加者のご感想です>
渡辺克己トークイベント、興味深い話が沢山聞くことが出来て楽しかった。しかも、貴重なオリジナルプリントを何枚も手で持って見る事が出来た。なんと贅沢な。さらに、プライベートで鈴木理策さんが来てて驚いた。昨夜の谷中のお寺での出来事は、ギャラリーオーナーの熱い思いがあったからこそだ。
<sekka>
雨の中お越しいただいた方々、ありがとうございました。
ゲストの金子氏と増田氏にも感謝いたします。
また、会場を二つ返事でお貸しいただいた、本妙院のシャイなご住職にも感謝いたします。
根津に越す前の青山辺りでは、お寺さんを開放していただく事など想像もつきませんでした。
寺町谷中の夜の静寂は、都会の真ん中にいるとは思えないほどで、ああいう空間での座談会形式のトークセッションはちょっと心に沁みました。
故渡辺克巳さんと皆様、あらためて本当にありがとうございました。             九拝

金子隆一 東京都写真美術館専門調査員
増田 玲 東京国立近代美術館主任研究員 
日時:1015
()  1830
於:本妙院 台東区谷中4--11
(sekkaより徒歩2分 日本美術院並び)
参加費:1,500

人数:
30(事前予約制)
tel
03-5815-8280
email
info@sekka-jp.com
print渡辺克巳 1982 印度.pdf
<掲載『アサヒカメラ』10月号「写真展ガイド」欄>


渡辺克巳 写真展U1982 印度」のトークイベントのゲスト、金子隆一氏(東京都写真美術館専門調査員)と増田玲氏(東京国立近代美術館主任研究員)の美術館での写真展のご紹介。

東京都写真美術館
山直哉展 Natural Stories
101()124()

東京国立近代美術館
レオ・ルビンファイン 「傷ついた街」
8月12()1023()





posted by 汐花 SEKKA BORDERLESS SPACE at 00:00| Comment(0) | 渡辺克巳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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